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2011年1月の3件の記事

2011年1月29日 (土)

ラクダムシ(Inocellia japonica)の幼虫


 今日は、前回(「マツカレハの幼虫(越冬中)」)のなかで、「一寸この辺りでは珍しいと思われる虫」と書いた虫を紹介します。ラクダムシ(Inocellia japonica)の幼虫です。マツカレハの幼虫と同じく、七丁目にあるアカマツの樹皮下(樹皮中)に居ました。調べてみると、この幼虫はマツの樹皮下で見付かることが多い様です。


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アカマツの樹皮中に居たラクダムシの幼虫

遠くから見るとまるでムカデの様

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(2011/01/11)



 体長は20mm強、見付けた時は、色合いからムカデの仲間かと思いました。老眼なので肉眼では脚が良く見えなかったのです。しかし、マクロレンズで覗いてみると、脚は前の方に3対、その後には脚が無く、明らかに昆虫の幼虫でした。何処かで見た虫だと思ったのですが、良く憶えていません。暫くしてから、漸くラクダムシの幼虫であることを思い出しました。

 これまで、この辺り(東京都世田谷区西部)でラクダムシを見た明確な記憶はありません。小学生の頃に見た様な気もするのですが、果たして地元であったのか、旅行先だったのか、ハッキリしません。

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横位置でラクダムシの全体像をどうぞ

体長は20mm強

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(2011/01/11)



 「東京都本土部昆虫目録」を見ると皇居や大田区で記録がありますし、「東京都の昆虫」(小石川植物園)や「どっこい生きてる」(新宿の公園)にも載っていますから、決して稀な虫ではない様です。

 フッカーS氏の「どっこい生きてる」の「ラクダムシの幼虫(2010/10/30)」には「東京のほぼど真ん中の都市公園で、ありふれたプラタナスの樹皮下からこんなにラクダムシの幼虫が見つかるってのは、意外でした。それとも、今年は発生数が多いってことなのかも? 中には1本の幹から幼虫が6匹も見つかるプラタナスもありました」とあります。今年は数が多く、それでこの辺りでも見付かったのかも知れません。

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同じ様な写真をもう1枚

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(2011/01/11)



 ラクダムシは、北隆館の新訂圖鑑ではラクダムシ目に属しており(これより古い保育社の昆虫図鑑では脈翅目ラクダムシ亜目)、この目にはラクダムシ科(Inocelliidae)とキスジラクダムシ科(Raphidiidae)の2科しかありません。前者は単眼を欠き、縁紋は小脈によって2分されないのに対し、後者は単眼を持ち、縁紋は小脈により2分されることにより区別出来ます(Bugguide.netに拠る、北隆館の圖鑑でも基本的に同じ)。

 ラクダムシ目は種類数の非常に少ないグループです。日本では、上記の2科にラクダムシとキスジラクダムシがそれぞれ1種ずつ居るだけです。日本に生息しない目(分類単位の目:Order)はありますが、日本に産する目で1目2科2種と云う種類数の少ない目は他にはありません。

 キスジの方は珍種の様で、徳島県立博物館の「博物館ニュース No.79」には「採集記録が少なく、以前は本州中部からしか記録されていませんでしたが、最近、北陸地方や新潟県、紀伊半島、中国地方、九州などにも分布することがわかってきました。徳島県では、上勝町高丸山や剣山系のいくつかの場所で採集されています。キスジラクダムシは海抜1,000~1,500mぐらいの、広葉樹の多い地域で得られていますが、いずれの場所でも得られた個体は極めて少ないものです」と述べられています。

 なお、Acleris氏の「いもむしうんちは雨の音」(非常に信頼できるサイトです)に拠ると「ラクダムシ目には日本には従来ラクダムシとキスジラクダムシの2種類しかいないことになっているが、2種類にはそれぞれに別種が含まれていて、本当はもっとたくさんの種類に分かれるそうである」とのことです。出典は書かれていないので分かりません。

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先端に近い台形の少し白い部分は頭楯、その先の四角いのは上唇

両脇の黒いのが大腮(大顎)、一番外側の枝状の構造は触角

その内側の類似の構造が小腮鬚で一番内側のは下唇鬚

触角基部の少し後側面に黒い単眼が1個見える

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(2011/01/11)



 ラクダムシの幼虫は普通に脚で歩行する他、尾端に何らかの構造があって、これで尾端を固定して尺取虫の様な動きをすることが出来ます。急激に体を後退させることも可能です。残念ながら、この動きをするところは撮影出来ませんでした。

 また、ラクダムシは非常に平らな虫なのですが、どうした訳か、普通ならば必ず撮るはずの横からの写真を撮っていませんでした。最近は、少しボケて来たのかも知れません(まだそんな年ではないのですが・・・)。

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斜めから見たラクダムシの頭部

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(2011/01/11)



 ところで、ラクダムシの名称の由来ですが、独立行政法人-森林総合研究所関西支所の研究情報79号(Feb 2006)の「ラクダムシ」にその起源が書かれていました。少し長いですが、引用すると「この虫のドイツ語名Kamelhalsfliegenから来た名前らしいです。Kamelがラクダ、halsは首、fliegenは羽虫という意味ですが、「ラクダの首」とは何でしょうか。実は成虫の前胸(前羽の付け根から頭部までの部分)が細長くのびているのがこの虫の特徴で、成虫は静止するときにこの前胸を上方に傾けて頭部を持ち上げる性質があります。このときの格好がラクダに似ているので、前胸をラクダの首になぞらえてこの名前が付いたらしいのですが、ちょっと首をかしげたくなるような由来です。ちなみに英語ではsnakeflyといいますが、日本にはこれの直訳のようなヘビトンボという名前の虫が別にいるので、少しややこしいです」とのことです。


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2011年1月20日 (木)

マツカレハの幼虫(Dendrolimus spectabilis)(越冬中)


 先日、ケヤキの樹皮下に居た「マドチャタテ科の1種」を掲載しましたが、今日はその直ぐ近くに生えているアカマツの樹皮下で越冬をしてたマツカレハ(Dendrolimus spectabilis)の幼虫を紹介します。


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アカマツの樹皮下で越冬中のマツカレハの中齢幼虫

体長は約17mmで4~5齢らしい

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(2011/01/11)



 体長は約17mmで、齢は分かりません。マツカレハの幼虫は、終齢では60mm(北隆館の「日本幼虫圖鑑」)から70mm(保育社の「原色日本蛾類幼虫図鑑」)になるそうですから、それよりはかなり若い齢期にあるとものと思われます。

 (財)農林水産技術情報協会HPの一部である「昆虫科学館」の中に「庭の刺す毛虫・刺さない毛虫」と云う項目があり、その中に「マツカレハ」のページがあります。これに拠ると、「10月下旬までに体長20mm内外の5齢に育ち、幹から下りて根際や落ち葉の下などで越冬します。(中略)翌年の4月ころから幼虫は再び樹に登り、 針葉を食べ続け、さらに3回脱皮して8齢幼虫となり、6~7月ころに葉を綴って灰褐色のマユを作ってサナギになります」 とのことです。

 一方、日本応用動物昆虫学会大会講演要旨((08), 13, 1964-04-02)「マツカレハ越冬時幼虫の頭巾について」には、「マツカレハ幼虫(マツケムシ)は、東京周辺においては、4齢および5齢で越冬する個体が多いが、地域によっては3齢や6齢で越冬する場合もあることが知られている」と書かれています。

 体長約17mmですから5齢かも知れませんが、4齢の可能性もあり、ここでは単に中齢幼虫としておきます。

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横から見た図.胸部第2~3節、腹節の背面には1対の

黒色毛の束があり、第8節では非常に顕著

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(2011/01/11)



 マツカレハの幼虫は、同属近縁種のツガカレハの幼虫によく似ており、両種共に色の変化に富んでいます。後者は、名前は「ツガ」カレハでも、マツカレハと同じくアカマツやクロマツも食害します。ですから、アカマツの樹皮下に居たと言うだけでは、マツカレハの幼虫と断定する訳には行きません。

 何方も上述の2つの図鑑に載っており、詳しい記載があります。しかし、図鑑にあるのは終齢幼虫についての記載です。写真の様な中齢幼虫にも適用出来るか否かは保証の限りではありません。多くの点では一致しないと考える方が無難でしょう。

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マツカレハ幼虫の顔.中央最下部にある褐色の部分が上唇

上唇下側の凹み(刻み)は極く浅い

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(2011/01/11)



 しかし、上唇の凹み(刻み)が極く浅いこと(上の写真)、東京都本土部昆虫目録を見るとツガカレハは区内では余り記録のないこと(丘陵地帯に多い)、昆虫写真家海野和男氏の「デジタル昆虫記」で今日の写真とソックリな幼虫を「マツカレハの幼虫」としていること等から、ここでは「マツカレハの幼虫」としておきました。

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背面から見た頭部と胸部.胸部第2~3節には

横や斜めを向いた毛が生えている

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(2011/01/11)



 マツカレハはカレハガ科(Lasiocampidae)カレハガ亜科(Lasiocampinae)に属しますが、この亜科の幼虫には毒針毛を持つ種類がかなりあります。マツカレハ、ツガカレハの他にもタケカレハ、リンゴカレハ、クヌギカレハ等が毒針毛を持っています。

 保育社の図鑑に拠ると、マツカレハの幼虫は「中・後胸節の背面には藍黒色の叢毛帯があり、針状の毒毛を密生している」とのことです(中・後胸とは胸部第2第3節のこと)。また、北隆館の図鑑には「中胸及び後胸には毒毛を叢生するが、常には襞内に隠されている」とあります。

 下の写真には束になった黒色毛が中・後胸節に見えますが、これのことではありません。この束になった黒色毛は腹部にもあり、特に腹部第8節で非常に顕著となります(2番目の写真:これはツガカレハの幼虫にもある)。毒針毛は、上の写真では襞の中に隠れて見えないのだと思います。

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斜め前から見た頭部と胸部.胸部2~3節の背面には

太い黒色毛の束が1対づつ存在する

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(2011/01/11)



 どうも最近は、頭部等の細部ばかりが気になって、全体の雰囲気を一番よく示す斜めからの写真を撮り忘れることがあります。今回は斜めからの全体像も一応撮ったのですが、撮り方を間違えて、頭部胸部以外には焦点が合っていません(下)。本来ならば没にする写真ですが、1、2番目の写真だけでは全体像が掴みにくいので、敢えて恥を忍んで掲載することにしました。

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斜めから見たマツカレハの幼虫.腹部には焦点が合っていない

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(2011/01/11)



 このマツカレハの幼虫が越冬していたアカマツは、樹皮が殆ど剥がされて居らず、ブワブワの樹皮が3~4cmも「積もって」います。マツカレハの幼虫以外にも、一寸この辺りでは珍しいと思われる虫を見つけました。これは近々紹介の予定です。

 このアカマツには、まだまだ柔らかい樹皮が残っています。この冬はこれを少しずつ剥がしながら、何が出て来るかを楽しもうと思っています。


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2011年1月14日 (金)

マドチャタテ科の1種(Peripsocidae gen. sp.


 年が明けてからの東京地方は毎日晴天続きですが、風の強い日が多く、先日、漸く新年第1回目の虫撮りに行って来ました。場所は、普段余り行かない「七丁目緑地」とその周辺で、樹皮下で越冬中の虫が主な目当てでした。

 「七丁目緑地」は基本的に虫が少ない緑地ですが、今年は例年よりももっと少なく、昨年は彼方此方で集団越冬していたヒメコバネナガカメムシも殆ど居らず、真っ黒なヒメテントウが数頭居ただけでした。その代わり、近くに生えているアカマツやケヤキの樹皮下には新顔の虫が何種か居り、一応の成果を収めることが出来ました。

 今日はその中から、ケヤキの樹皮下に居たチャタテムシを紹介します。


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ケヤキの樹皮下に居たマドチャタテ科の1種

翅端まで2.3mmと非常に小さい

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(2011/01/11)



 翅がキラリと光ったので、始めはキモグリバエか何か双翅目の昆虫かと思いましたが、写真を撮ってみると、何と、チャタテムシでした。全長(翅端まで)は2.3mm、翅長は1.9mm弱と、今まで撮ったチャタテムシ成虫の中では最小です。

 このWeblogでは、これまでケチャタテ科、ニセケチャタテ科、ホソチャタテ科、ウスイロチャタテ科のチャタテムシを掲載して来ましたが、これらは何れも常緑広葉樹の葉裏に居たものです。樹皮下でチャタテムシを見つけたのはこれが初めてで、翅脈から見ても別の科に属すであろうことは、撮影中にも分かりました。

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横から見たマドチャタテ科の1種。翅脈相は独特(本文参照)

また、R脈が太く、縁紋は黄色を帯びる

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(2011/01/11)



 前翅翅脈を見ると、後小室(こちらの2枚目の写真をどうぞ)が無く、Rs脈とM脈(翅脈についてはこちらの3枚目の写真をどうぞ)が一部で癒合しています。この様な翅脈を持つチャタテムシは、北海道大学農学部の吉澤和徳準教授が執筆された「Morphology of Pscocomorpha(チャタテ亜目の形態学)」に載っている翅脈図を見ると、マドチャタテ科だけです。ウスイロチャタテ科の翅脈とも似ていますが、ウスイロチャタテ科ではRs脈とM脈は一点で接するだけの種類が普通の様です。

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この角度から見ると、顔や姿は一見ケチャタテ科に似ている

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(2011/01/11)



 マドチャタテ科とウスイロチャタテ科の翅脈上の明確な違いは、前者では後翅のRs脈がM脈と部分的に癒合しているのに対し、後者では横脈で繋がることが上げられます(吉澤教授も参加されている「Tree of Life Web Project」に拠る)。しかし、今日の写真からは後翅の翅脈は良く見えません。

 この「Tree of Life Web Project」に書かれているウスイロチャタテ科の特徴を読むと、他のチャタテムシでは翅をテント型(tent-like)に畳むのに対し、ウスイロチャタテ科では水平(held in horizontal position)であると書かれています。確かに、以前紹介した「ウスイロチャタテ科の1種(Ectopsocus sp.)(雌)」では翅が水平に近い状態で畳まれていますが、今日のチャタテムシは普通のテント(屋根)型の翅をしています。

 また、マドチャタテ科は樹皮や岩の表面に生息するのに対し、ウスイロチャタテ科は木の枝に付いた枯葉や落ち葉(腐植土)に住むとのことです。

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背側からの写真をもう1枚.全長2.3mm、樹皮凸凹に紛れて

肉眼では何処にいるのか容易には分からない

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(2011/01/11)



 以上から、この樹皮下で見つけたチャタテムシはマドチャタテ科に属すと考えて良いと思います。

 マドチャタテ科は、富田・芳賀「日本産チャタテムシ目の目録と検索表(1991)」に拠れば1属5種、吉澤教授の「Checklist of Japanese Psocoptera (Jul. 9, 2004)」では1属7種で、属としてはPeripsocus属1属しか記録されていない様です(「Tree of Life Web Project」に拠ると、全世界ではアジアを中心に12属235種が記録されているとのこと)。吉澤教授のリストは富田・芳賀論文にある5種を全て含んでおり、更に、P. phaeopterusP. hongkongensisの2種が追加されています。

 芳賀・富田の検索表では、前翅は無毛→前翅長は2.0mm以下で、直ぐにP. pumilis(クロヒメマドチャタテ)に落ちてしまいます。しかし、このチャタテムシがどんな虫なのか、調べてみましたが良く分かりませんでした。北隆館の図鑑ではヒメマドチャタテの解説の中でこのクロヒメマドチャタテについて触れていますが、交尾器の構造についてしか書かれていません。

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斜めから見ると、頭の形がケチャタテ科とは異なる

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(2011/01/11)



 検索表ではP. pumilisに落ちましたが、吉澤教授が追加された2種がまだ残っています。この2種の内、P. phaeopterusは同教授の「皇居の動物相調査で得られたチャタテムシ昆虫」に載っていて前翅長約3mmとあり、また、Web上の写真(ポルトガルのアゾレス大学のサイト)では全身殆ど真っ黒で、明らかに異なります。P. hongkongensisについては良く分かりませんが、分布は国後島と香港と云う奇妙な組み合わせになっています。Web上で探してみましたが、このチャタテムシについても有意な情報は何も得られませんでした。

 以上の考察からは、今日のチャタテムシはP. pumilis、或いは、P. hongkongensisの何れかとなります。しかし、そうと結論を出すのは些か無茶と云うものでしょう。

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同じ様な写真をもう1枚

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(2011/01/11)



 吉澤教授の「皇居の動物相調査で得られたチャタテムシ昆虫」では、他にPeripsocus sp.が記録されており、まだ、マドチャタテ科の中に未記載種や未記録種があることが示されています。日本産のマドチャタテ科がどの程度研究されているのか良く分かりませんが、吉澤教授のチェック・リストの中には教授によって記載された種が一つもありませんので、研究は不充分であろうと推測されます(教授が研究されたチャタテムシ科の場合、46種中20種が教授の記載に拠る新種です)。

 日本産マドチャタテ科は今のところPeripsocus属1属だけです。しかし、「アジアを中心に12属が生息する」とのことですから、まだ、国内には未記載種や未記録種ばかりでなく未記録属が居る可能性もあります。そこで、今日の表題は、Peripsocus sp.としたいところをぐっと我慢?して、「マドチャタテ科の1種(Peripsocidae gen. sp.)」とだけにしておきました。


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