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2010年1月28日 (木)

ハイイロチビフサヤスデ


 今日はフサヤスデと云う一寸変わった生き物を紹介します。

 フサヤスデと言っても御存じない方が大多数だと思います。「ヤスデ」と付く通り、多足亜門のヤスデ綱に属しますが、とてもヤスデとは思えない非常に独特な外観をしています。ヤスデ綱(倍脚綱)にはフサヤスデ亜綱(触顎亜綱)と唇顎亜綱があり(タマヤスデ類を別の亜綱とすることもある)、普通のヤスデは全て唇顎亜綱に属します。日本産ヤスデには、300以上の種類があるとのことですが、東海大学出版の「日本産土壌動物」に拠れば、フサヤスデ亜綱にはたったの2科3属3種+2亜種(「多足類読本」では5種)しか居ません。非常に小さなグループです。


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ケヤキの樹皮下にいたハイイロチビフサヤスデ

体を少し丸めているので、長さは1.7mm

周りに沢山居るのはトビムシの1種

拡大してピクセル等倍、以下同じ

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/18)



 「四丁目緑地」に植えられているケヤキの樹皮下に居ました。見付けたときは、上の写真の様に体を少し丸めていたので、長さは1.7mmしかありませんでした。樹皮をめくる時は、非常に小さかったり保護色で見分けの付き難い虫が居ることもあるので、細かい作業用の+3の老眼鏡をかけて、よ~く見るのですが、その強老眼鏡の補助があっても横筋があること以外は良く見えず、始めはワラジムシの幼体かと思いました。撮った写真を拡大再生して、漸く「変な虫」であることに気が付きました。

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ストロボの光に驚いて歩き回るハイイロチビフサヤスデ

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/18)



 以前に多足類の本を読んだことがあるせいか、形に見覚えはあるのですが、正体が何であったか思い出せません。しかし、家に帰り、調べ始めて10秒でフサヤスデの1種であることが分かりました。

 フサヤスデは、普通のヤスデとは異なって外骨格にキチン質を殆ど含まず、柔らかい体をしています。その代わり、体表には剛毛が密生し、尾端には長い針状の毛の束(尾毛叢)があります。この尾毛には逆さ向きの棘があり、アリなどに襲われると、この尾毛を叩き付けて身を守るとのことです。

 ヤスデの多くは、刺激を加えると頭を中心にして丸くなります。しかし、このフサヤスデは体を丸めることが出来ません。また、ヤスデは敵に襲われると防御液を分泌することが知られていますが、フサヤスデは、ツムギヤスデやネッタイタマヤスデなどと同様、この防御手段を持ちません。

 ヤスデの多くは腐植質や菌類を食べます。中には肉食性の種類もあるそうですが、フサヤスデの食性については手元の文献には何も書かれていませんでした。しかし、「虫ナビ」と云うサイトに拠ると、このフサヤスデは「生物の死骸などを食べているよう」と書かれています。写真の周囲にはトビムシの1種が沢山写っていますが、その脱皮殻などを食べているのかも知れません(捕食性の可能性もあるかも?)。

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頭部の下に触角が見える.眼らしきものも微かに認められる

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/18)



 さて、この写真のフサヤスデ、3種(或いは5種)しか居ない中で、種類は一体何でしょうか。

 「日本産土壌動物」に拠ると、フサヤスデには、眼のあるフサヤスデ科(Polyxenidae)と、沖縄以南に生息する眼のないリュウキュウフサヤスデ科の2科があります。リュウキュウフサヤスデ科は、分布から明らかに除外されます。

 フサヤスデ科は、胴節背面の剛毛の列が左右に分かれるニホンフサヤスデ属(Eudigraphis)と、左右で分かれないシノハラフサヤスデ属(Polyzenus)の2属から構成されます。写真のフサヤスデは背面の剛毛が左右に分かれているのでニホンフサヤスデ属に属すことになります。

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横から見た歩行中のハイイロチビフサヤスデ.体長2.0mm

歩脚は青(青紫?)みがかった色をしている

尾毛叢が白いのはストロボの反射

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/18)



 全部で3属3種しか居ないのですから、ニホンフサヤスデ属には1種しかなく、種としてはニホンフサヤスデ(Eudigraphis takakuwai)になります。

 ところが、この種には3つの亜種があり、基亜種のウスアカフサヤスデ(E. takakuwai takakuwai)、イソフサヤスデ(E. takakuwai nigricans)、ハイイロチビフサヤスデ(ハイイロフサヤスデ:E. takakuwai kinutensis)と、それぞれ別の和名が付けられています(なお、これらの3亜種をそれぞれ独立の種とすることもあります。その場合の学名は亜種名が種名に昇格され、それぞれ、E. takakuwaiE. nigricansE. kinutensisとなります)。

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同じく横から見た歩行中のハイイロチビフサヤスデ

歩脚はやはり青みがかった色をしている

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/18)



 この3者の違いは、高島&芳賀「日本産触顎類知見補遺」(1950,Acta Arachnol.,12:21-26)に書かれています(この論文はWeb上からダウンロード出来ます)。見易くして引用すると次の様になります。


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          ウスアカフサヤスデ    イソフサヤスデ   ハイイロチビフサヤスデ


   体  長    4~4.5mm     3~3.5mm     2.5~3mm



   背板の色    淡 黄 褐 色      淡 黄 色       黄 褐 色



   頭部背面    淡黄褐色で頭部      黒紫色で頭部      黄褐色で前方は

   及び触角    背面に光沢あり     背面に光沢有り     灰褐色.頭部背面

                                    に光沢がない



  腹面及び歩脚   淡 黄 褐 色      淡 黄 色       淡 紫 色



   背面 及び  淡褐色でイソフサより    黄褐色でウスアカ      灰褐色で短く

   側面の剛毛   も長く且つ湾曲する   より短く且つそれ程    殆ど湾曲しない

                        湾曲しない



   背面の斑紋     赤 褐 色       黒 紫 色       灰 褐 色



   尾 毛 叢      白 色         黒 色         灰 色



   尾毛叢中      3~4       3~6(5が多く    3~4(稀に5)

   の逆鉤数                  稀に6)

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背板の色はやや褐色を帯びた灰色に見える

尾毛叢はやや褐色を帯びた灰色

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/18)



 このフサヤスデの体長は、尾端の毛の束(尾毛叢)を入れないで、約2.0mm。上の表の「体長」にこの尾毛叢が含まれているのかは記載がありませんが、本文中のハイイロチビフサヤスデの記述に「成体では尾毛叢を除き体長約2.5mm」とあるので、ハイイロチビフサヤスデとしても、かなり小さいと言えます。まだ、幼体なのでしょうか。

 「多足類読本」に拠ると、フサヤスデの変態様式は、半増節変態と呼ばれる方式です。始めは脱皮に伴い体節数が増加しますが、ある時点でその増加は止まり、以降は脱皮をしても体節は増えません。しかし、脱皮の回数に制限はないとのことです。

 フサヤスデ類の成体、亜成体では、種に拘わらず胴節数(頭部以外の体節の数)は11、歩肢は13対です。写真から体節数を見極めるのは一寸難しいですが、松本&蒲生「相模湾沿岸に見られるフサヤスデ類2種」と云う論文を見ると、ウスアカフサヤスデの亜成体の図と一致するだけの剛毛列があります。従って、幼体ではなく、亜成体か成体(体の構造は同じ)と云うことになります。それ以降に脱皮して体長が増えるのか否かは良く分かりませんが、体長からはウスアカやイソよりずっと小さく、ハイイロチビの可能性が高いと言えます。

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背側から見た歩行中のハイイロチビフサヤスデ

尾毛叢はやはりやや褐色を帯びた灰色

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/18)



 背板の色は、写真ではやや褐色を帯びた灰色に見えます。先の表では何れも黄色~黄褐色で、写真とは大部違います。写真の色はRAWファイルを現像するときの条件で変化しますが、この写真を現像したときの条件は何時もと同じですし、周囲の樹皮の色も色カブリする程偏っては居ないので、ほぼ実際通りの色を出していると思います。背板の色に関しては該当するものがない、と云うことになります。

 「頭部背面及び触角」の色は、写真からは良く分かりません。頭部背面は剛毛に隠れて見えません。触角は小さくて色が今一つハッキリしませんが、横から撮った3番目や4番目の写真を見ると、赤褐色をしている様にも思えます。これも、表の何れとも一致しません。

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前から見たハイイロチビフサヤスデ

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/18)



 「腹面及び歩脚」はどうかと言うと、腹面は見えませんが、歩脚は多少青みがかった色をしています。この点では、ハイイロチビでは淡紫色となっていますから、かなり近いと言えます。

 「背面及び側面の剛毛」に関しては、写真を見ると褐色を帯びた灰色をしており、余り長くなく少し曲がっています。前述の、高島&芳賀「日本産触顎類知見補遺」には3亜種のかなり大きな全体図が載っており、ハイイロチビの剛毛は、写真とほぼ同じ長さ(体長との比率)ですが、、真っ直ぐで殆ど曲がっていません。この曲りの点では写真のフサヤスデはイソに一番よく似ています。
 「背面の斑紋」と云うのは良く分からないのですが、横から見たとき剛毛の間に見える斑紋のことではないでしょうか。それならば、黒っぽい良く分からない色をしています。この点ではイソに近いと言えます。

 尾毛叢の色は、写真によっては白く光っていますが、これはストロボの反射の為で、6番目や7番目の写真では、剛毛とほぼ同じやや褐色を帯びた灰色をしています。ハイイロチビでは灰色となっていますから、これに近いと言えます。イソは黒ですから、明らかに異なります。

 最後の「尾毛叢中の逆鉤数」とは、尾毛1本当たりの逆向きの棘の数です。顕微鏡で観察しないと分からない形質ですから、此処で議論することは不可能です。

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歩行中のハイイロチビフサヤスデ.やや後から

尾毛叢が白く光っているのはストロボの反射

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/18)



 他に問題になるのは産地です。松本&蒲生「相模湾沿岸に見られるフサヤスデ類2種」に拠れば、イソは仙台湾以南の太平洋岸の岩の割れ目などに潜んでおり、内陸での記録は無い様です。これに対し、ウスアカは南関東以西の太平洋岸の海岸付近から内陸にかけて分布し、「4~9月頃は地上の落葉の下、植物の葉上等にいるが、10月から翌年6月頃までは常に樹皮下、樹木の根元の部分の幹の間度に多数集まって棲息する(夏期でも樹皮下に認められることもある)」(高島&芳賀「日本産触顎類知見補遺」からの引用)とのことです。

 問題はハイイロチビです。この亜種は高島&芳賀「日本産触顎類知見補遺」に拠ると、「・・・樹皮下に見受けられ1年中見つけることが出来る。地上では未だに採ったことがない。年2回産卵するのか周年大小の幼生及び成体が認められる」とあり、更に重大なことには「本亜種は東京都世田谷区大蔵町即ち以前の砧村(Kinuta)で獲られたので(中略)同地から既に100頭近くの個体を採っているが他産地のに此の亜種に該当するものが見当たらないのは妙である」と書かれています。


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成城6丁目のプラタナスの樹皮下にいたフサヤスデ.体長2.2mm

黄褐色を帯びているのは色カブリで本来は灰色に近いと思われる

ISO400で撮影した為、解像度がやや低い

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/21)



 読者の中にはお気付きの方も居られると思いますが、大蔵町(今は大蔵)はこのWeblogの撮影場所である成城の隣町です。採集されたのは大蔵のどの当たりか分かりませんが、直線距離にして2~3kmしか離れていないでしょう。この辺りが産地なのであれば、この写真のフサヤスデがハイイロチビフサヤスデであってもおかしくありません。

 実は、上の写真を撮った3日後、また同じ様なフサヤスデを見付けたのです。6丁目の成城学園高校の前に並木として植えられている大きなプラタナスの樹皮下に居ました(上と下の2枚の写真)。黄色い樹皮のため色カブリを起こしていますが、剛毛の色は「四丁目緑地」で撮影した個体と同じだと思います。体長も約2.2mmで、ほぼ同じです。

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上の写真と同じ個体(オマケの1枚)

(写真クリックで拡大表示)

(2010/01/21)



 これらを総合すると、幾つか一致しない点もありますが、大きさ、背面及び側面の剛毛の色、歩脚の色、尾毛叢の色、産地等から、このフサヤスデはハイイロチビフサヤスデ(ハイイロフサヤスデ:E. takakuwai kinutensis)とするのが一番順当ではないかと思います(素人としては、未記載種の可能性については触れません)。

 なお、この亜種(種)は千葉県と栃木県で絶滅危惧1類に指定されています(「世田谷区大蔵町」以外からも記録があることになります)。東京都のリストでは、無脊椎動物は軟体動物しか載っておらず、節足動物に関する情報はありません。

 今日は一寸珍しい生き物なので、随分張り切って書いてしまいました。写真も11枚載せました。Web上にハイイロチビフサヤスデの写真は無い様ですから、同じ様なものでも沢山出すことにしました。



[追記]:同じ年の11月にこのハイイロチビフサヤスデが集団越冬しているところを見つけ、「ハイイロチビフサヤスデ(その2:集団越冬)」の表題で12月17日に掲載しました。興味ある読者諸氏は此方を御覧下さい。(2010/12/17)

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